30歳の節目にジュエリーを買った

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小さなダイヤモンドがあしらわれた小ぶりのピアスを購入した。
証明書が付いてくるような、高価で資産になるようなものに興味を惹かれなかったのは、宝石を持つことをしたかったのではなく、ただ許したかったのだろうと分析している。自分のことや、これまでの12年間のすべてを。

自分にとって自分の誕生日は相当に扱いづらいものになってしまった。この時期になると思い出してしまうものがある。それも誕生日周辺だけではなく、それまでの二ヶ月と数日の期間。それが良いことか悪いことかの判断はつかないけれど、それによって自分の誕生日を祝われることを素直に喜ぼうとすると、どこかつっかかりを覚えるようになっている。

とはいえあれから12年経つのだ。干支が回ってしまった。経過した時間の中で、少しずつわだかまりが解けていく感覚を、10年を超えたあたりからは特に感じ始めていた。なにがあろうが過去は過去でしかなく、それは自分を雑に扱い続ける理由にはならないし、未来も未確定なのだから、今から何かを恐れていたって仕方がない。

節目に、記念に、とはれやかな言葉で購入を定義することもできるが、結局は覚悟を決めようという行為だった。一旦は許して、未来に繋げようという覚悟。

ダイヤモンドはずっと持っていられますものね、と店員さんが言っていた。
今回のピアスはすこしかわいらしいデザインではあるけれど、自分が諦めずに美しく歳をとり続ければ、50代でも使えると思ったから選んだ。60でも70でも、いつまででも使える。自分に必要なのは、自分が変わってもいいと思えることだったのかもしれない。

これからも誕生日の扱い方は変わらず、具体的な日付までオープンにしていくことはないだろうけれど、自分の向き合い方が変わる。そういう節目のものであり続けてほしい。