長崎旅行

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長崎、とても気に入ってしまった。

自然が豊か。
人々の営みがある。
異なるものと共に住まう文化がある。
人が多すぎない。
1時間でそれなりの距離を移動できる。
重要文化財が多い。
空がひらけている。
グルメがおいしい。
自然と街の距離がちょうど良い。

ままならない推しのこと

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なるべく気丈に振る舞っているが、正直全然悔しい。

ファンクラブで買ったチケットが届いた。本当に良い席だった。三列目の中央。どんな原理でこの席になったのかはわからないが、初めて自分で買った特等席がこんな素晴らしい席で本当に嬉しかった。でも、推しは降板になった。当面の間謹慎となり、襲名は延期とのことだった。こんなに良い席がもらえたのに、ここで推しを見ることができないことが決まった途端、本当に本当に悔しくなった。悔しい。お兄たちが穴埋めをすることが決まって、また怪我をしないでほしいとか、出突っ張りで大変だとか、頑張って欲しいとか、無理しないでほしいとか、いろんな気持ちがある。この席でお兄たちを見られるのも珍しいから、素直に喜びたい気持ちもある。でも悔しい。

帰ってきた時に、推しをこの席で見られないことが本当に悔しい。

まわりの人たちには、いい大人でしょう?という呆れはあるが、本人を責めるとか、怒るとか、そういう気持ちは湧かない(自分の自他境界が、自分に危害が加わらない限りはぶっといからというのもある)。それは推しの人生で、運命で、事実がすべてで、あとはその状況をどう生きるかを委ねられている。推しも、私も。わたしは目の前のものを享受するだけ。

それでも、いても経ってもいられなくなったから、ブログにコメントだけ残してしまった。なるべく私の感情は込めずに。あなたが、あなたの思うように生きてくれたら、私はそれで十分だよ。本当だよ。

でも悔しいなあ。

30歳の節目にジュエリーを買った

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小さなダイヤモンドがあしらわれた小ぶりのピアスを購入した。
証明書が付いてくるような、高価で資産になるようなものに興味を惹かれなかったのは、宝石を持つことをしたかったのではなく、ただ許したかったのだろうと分析している。自分のことや、これまでの12年間のすべてを。

自分にとって自分の誕生日は相当に扱いづらいものになってしまった。この時期になると思い出してしまうものがある。それも誕生日周辺だけではなく、それまでの二ヶ月と数日の期間。それが良いことか悪いことかの判断はつかないけれど、それによって自分の誕生日を祝われることを素直に喜ぼうとすると、どこかつっかかりを覚えるようになっている。

とはいえあれから12年経つのだ。干支が回ってしまった。経過した時間の中で、少しずつわだかまりが解けていく感覚を、10年を超えたあたりからは特に感じ始めていた。なにがあろうが過去は過去でしかなく、それは自分を雑に扱い続ける理由にはならないし、未来も未確定なのだから、今から何かを恐れていたって仕方がない。

節目に、記念に、とはれやかな言葉で購入を定義することもできるが、結局は覚悟を決めようという行為だった。一旦は許して、未来に繋げようという覚悟。

ダイヤモンドはずっと持っていられますものね、と店員さんが言っていた。
今回のピアスはすこしかわいらしいデザインではあるけれど、自分が諦めずに美しく歳をとり続ければ、50代でも使えると思ったから選んだ。60でも70でも、いつまででも使える。自分に必要なのは、自分が変わってもいいと思えることだったのかもしれない。

これからも誕生日の扱い方は変わらず、具体的な日付までオープンにしていくことはないだろうけれど、自分の向き合い方が変わる。そういう節目のものであり続けてほしい。

webサイトをリニューアルした

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リニューアルしました。

AIで作っています。重い腰を上げることができてとても嬉しい。試しがてらサイレントで更新してみている。ふと書きたくなってしまうような場所であると良いなと思う。